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EU排出権(EUA)|74〜77ユーロ台の政策的安定とCBAM本格発動元年 日本輸出製造業に課す炭素コストの構造
結論サマリー
EU排出量取引制度(EU ETS)のICE・12月2026限EUA先物は5月第4週(19〜22日)も74〜77ユーロ/トンのレンジで安定推移しており、5月平均74.04ユーロは3月比5.7%高となっている。
1月19日のピーク(92.04ユーロ)から27%超下落した後、3月から反発局面に入っており、今週の水準はその回復途上の高値圏といえる。
5月の市場を動かした最大の政策材料は、欧州委員会が5月11日に発表した「ETS参照値2026〜2030年更新案」だ。
産業界への無償排出枠を平均75%維持するという内容が企業の炭素コスト負担を約40億ユーロ軽減すると試算されており、市場が懸念していた無償割当の急速縮小シナリオが回避されたことで、産業株・EUA相場ともに安定を保った。
一方、2026年は「CBAM(炭素国境調整措置)本格発動元年」でもある。
2026年1月から本格実施に入ったCBAMの2026年分CBAM証書については、2027年2月から実際の購入・償却義務が始まる仕組みだ。
2026年第1四半期のCBAM公式証書価格は75.36ユーロ/トンCO₂(2026年4月7日公表)と確定しており、この価格がEUへの輸出品に含まれる炭素排出量に乗じてコストとなる。
鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素のEU向け輸出を持つ日本企業にとって、EUA価格はもはや「欧州の話」ではなく、自社の損益計算書に直接入ってくる数字となった。
今週の動き
EUA先物は5月第4週(19〜22日)、74〜76ユーロ台での横ばいに近い推移を続けた。
月曜(19日)は米イラン交渉の期待感で欧州エネルギー価格が軟化し、ガス火力の発電コスト低下を通じて一時EUAも74ユーロ台前半に軟化する場面があった。
火曜(20日)から水曜(21日)にかけては、アルアラビーヤの誤報騒動がエネルギー市場全体を揺さぶったが、EUAはエネルギー価格との連動感が以前より薄れており、75〜76ユーロ台を維持した。
木曜・金曜(21〜22日)はイラン核交渉の膠着が再確認されてエネルギー価格が小幅反発したことも加わり、EUAは75〜76ユーロ台で週末を迎えた。
5月の動きを通じて観察されるのは「EUAの政策安定」だ。
エネルギー価格の乱高下がEUAに直接連動しなくなった背景には、5月11日に欧州委員会が発表した無償割当75%維持案と、7月に予定されるETS全体見直しという政策的な「アンカー」が機能していることがある。
直近5日間の値動き
月曜(19日)のオープンは74.5ユーロ台だった。
TTF天然ガス先物の一時的な下落がガス火力の稼働コスト低下観測をもたらし、電力会社の排出枠需要が若干低下するとの見方からEUAもわずかに下落した。
火曜(20日)は75ユーロ台に小反発した。
5月11日発表の無償割当75%維持案を改めて評価する買いが入り、エネルギー価格の不安定さとの分離が意識された。
水曜(21日)はアルアラビーヤ誤報後の市場の混乱があったが、EUAは74.5〜75.5ユーロ台での緩やかな動きにとどまった。
木曜・金曜(21〜22日)はエネルギー市場の緊張感が一部戻り、EUAは75〜76ユーロ台で小反発して週を終えた。
今週の主要因
第1の要因は、欧州委員会による5月11日のETS参照値更新発表だ。
5月11日に欧州委員会は2026〜2030年のETS参照値(ベンチマーク)の更新案を発表した。
産業界への無償割当が平均約75%をカバーし、企業の炭素コストを推定約40億ユーロ軽減するという内容で、公開コメント・加盟国協議を経て正式採択される見通しだ。
第2の要因は、10加盟国による「炭素価格緩和」要求の政治的重みだ。
オーストリア・クロアチア・チェコ・フランス・ドイツ・イタリア・ルクセンブルク・ポーランド・ポルトガル・ルーマニア・スロバキア・スロベニア・スペインの産業相が連名でETS見直しを求める書簡を送付しており、エネルギー集約型産業が「エネルギーコスト高騰・未実証のグリーン技術・無償割当縮小」という三重の苦境に立たされていると訴えた。
この政治的プレッシャーが、欧州委員会の「慎重な改革路線」を後押しし、EUAの急落を防いでいる。
第3の要因は、中東情勢とのデカップリング(分離)の深化だ。
ICEの12月2026限EUAはエネルギー価格との分離が進んでおり、ガス価格の急騰に連動してEUAが大幅上昇するパターンが以前より弱まっている。
これは市場参加者がETSの長期的な政策的枠組みを重視し始めたことを意味する。
7層カスケード分析
EUAは他の9素材と根本的に異なる特殊な位置づけを持つ。
他の素材はモノとして生産・精製・加工・消費されるが、EUAは「CO₂排出1トンを許可する権利」という無形の政策的産物だ。
7層カスケードは「EUA価格→欧州の製造・発電コスト→輸出品の炭素コスト(CBAM)→日本企業の輸出競争力」という経路をたどる。
第1層と第2層: 上流原料と一次加工材
EUAの「上流」は欧州委員会が設定するキャップ(排出上限)と、オークションで供給される排出枠の量だ。
現在の第4フェーズ(2021〜2030年)では、年間1.9%(2024年以降は2.2%)ずつキャップが削減されており、長期的な排出枠の希少化が基本構造となっている。
ICE・12月2026限EUA先物は5月平均74.04ユーロ/トンで、4月後半から5月にかけて74〜77ユーロのレンジで推移しており、3月比5.7%高だ。
2026年第1四半期のCBAM公式証書価格は75.36ユーロ/トンCO₂(2026年4月7日公表)で、これがCBAM対象製品をEUに輸出する際の炭素コスト算定基準となる。
第2層は電力市場での転嫁だ。
1EUAがガス火力の発電コストに加算されると、概算で約25ユーロ/MWhのコスト増となる。
欧州の電力卸売価格はEUA価格を全面的に反映するため、EUA74ユーロという水準は欧州産業の電気料金を構造的に高止まりさせる要因となっている。
第3層: 中間材料
第3層はEUA価格が欧州の素材産業の製造コストに転嫁される段階だ。
鉄鋼・アルミ・セメント・ガラス・化学品という炭素集約型産業は、排出量に応じてEUAを購入または無償割当を使用する。
産業界への無償割当が平均75%をカバーするという欧州委員会案が5月11日に示されたことで、企業が購入しなければならないEUAの比率は現状維持される見通しだ。
ただし無償割当は2034年に向けて段階的に廃止される方向にあり、この長期的な「炭素コスト顕在化」の圧力が欧州産業の競争力を低下させるという「脱産業化リスク」に対し、10加盟国が政治的に反発している構図だ。
第4層: 部品・素子
CBAMの本格実施によって、欧州外から欧州に輸出される製品にも「炭素コスト」が課される仕組みが2026年から機能しはじめている。
CBAM対象品目は現在(2026年時点)、鉄鋼・アルミニウム・セメント・肥料・電力・水素の6品目だ。
2026年1月から本格実施段階に入り、EU域内の認可CBAM申告者が輸入品の炭素排出量に応じてCBAM証書を購入する義務が生じている。2026年分の実際の証書購入は2027年2月から開始される予定だ。
日本から欧州への鉄鋼輸出(自動車用高張力鋼板・特殊鋼等)は、この仕組みに基づいて製造工程での炭素排出量を1トン当たり何kg排出しているかを報告し、EU-ETS価格に連動したCBAM証書を負担しなければならない。
排出係数が高い製品ほど負担が大きく、脱炭素投資の遅れが輸出競争力の直接的な損失につながる構造だ。
第5層: 組立品・中間製品
CBAM対象品目が欧州内でさらに加工・組立されて中間製品となる段階では、今のところCBAM義務は輸入者(欧州側企業)に課される。
しかし欧州の自動車メーカー(フォルクスワーゲン・BMW・ステランティス等)は日本の鉄鋼メーカーに対して「炭素排出量データの報告」を求めるようになっており、日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所のサプライヤー担当者はサプライチェーン全体の炭素排出量(スコープ3)データの整備を急いでいる。
CBAMの対象品目拡大は欧州委員会によって検討されており、将来的には有機化学品・ポリマー(プラスチック製品)への拡大が検討されており、鉄鋼やアルミニウムを使用した自動車部品・機械製品などの「川下製品」への適用拡大も候補に上がっている。
第6層: 最終製品への波及
欧州向け輸出製造業
欧州向けに自動車用鋼板・アルミ製品・特殊鋼を輸出する日本の鉄鋼メーカーは、CBAM証書のコストを販売価格に反映するか、製造工程の脱炭素を進めるかという二択を迫られている。
日本の電炉鋼の炭素排出係数は高炉鋼より大幅に低く、電炉への移行が進むほどCBAMコストの負担が減る構造だ。
欧州市場向け建材・化学品
セメント・肥料のEU向け輸出は日本からの量は限られているが、スコープ3の開示要求が今後強まることで間接的な影響が生じる。
航空業界
欧州域内路線を持つ航空会社(JAL・ANA等のコードシェア便・欧州内乗継を含む運航)はEU-ETS対象となる航空排出枠(EUAA)の適用を受ける。
EUA価格の高止まりは欧州路線の運航コストを高止まりさせ、燃油サーチャージとの複合的な価格上昇圧力となっている。
第7層: 店頭・家計・マクロへの波及
EUAが日本の家計に最も直接的に届く経路は、欧州製品の輸入価格を通じたルートと、日本国内のカーボンプライシング政策への影響という二つだ。
欧州からの輸入品(自動車・化学品・機械等)は欧州側の炭素コスト上昇を反映した価格設定となりつつあり、2026年以降の欧州製品の輸入価格は徐々に上昇する可能性がある。
より重要なのは、CBAMとEUAが日本のGX(グリーントランスフォーメーション)政策を後押しするという間接的な波及だ。
日本では2025年度までの第1フェーズとして、企業の自主的な参加に基づくGX-ETS(GXリーグでの排出量取引)が運用されており、CBAM本格適用を受けて政府による義務的炭素価格制度(GX電力制度・GX-ETSの義務化)の議論が加速している。
日本のGX電力制度が本格化し、排出量取引の義務化が広がれば、製造業の電力コスト・炭素コストが上昇し、最終的に製品価格・家計の光熱費に反映されることになる。
その意味でEUAは「日本の将来の炭素価格の先行指標」という側面も持っている。
今後の展望
5月以降のEUAは「政策的安定」という性格を帯びており、価格の方向性は中東情勢よりも欧州の政治プロセス(7月のETS全体見直し・加盟国との調整)に委ねられている。
来週の注目ポイント
6月第1週は欧州議会(5月22日)とEU理事会(5月27日)でCBAM簡素化規則改正提案が審議されることが確認されており、その審議結果の内容が6月以降のEUA相場の政策的方向性を示す材料となる。
この改正提案は、CBAM証書保持義務の緩和(80%→50%への引き下げ)や、余剰CBAM証書買い戻し制限の撤廃など、企業負担を軽減する内容を含んでいる。
7月に予定されるETS全体見直し(ETS1・市場安定化リザーブ・ETS2の包括的レビュー)の議題設定も始まる。
1ヶ月先の見通し
6月中はEUA70〜80ユーロのレンジ継続が基本シナリオだ。
中東情勢の悪化(ホルムズ追加封鎖等)は天然ガス価格の急騰を通じてEUAを押し上げる方向に働くが、「EUのガス→EUA連動」のデカップリング傾向が強まっているため、上昇幅は以前より限定的になりやすい。
ETS見直し論議が活発化し「大量の追加無償割当」観測が出れば、需要減少観測からEUAが65ユーロ台に軟化するリスクもある。
3ヶ月先の構造的展望
2026年は「CBAM元年」として日本の製造業が炭素コストをEU輸出価格に織り込み始める年だ。
製造工程の炭素排出係数の開示・削減が、製品の国際競争力に直結するという新たな競争軸が2026〜2030年に定着していく。
日本製鉄・JFEスチール・住友化学・旭化成などの素材メーカーがEU向け輸出品の炭素フットプリント計算・開示体制の整備を急いでいる背景には、このCBAMという「見えない関税」の圧力がある。
日本国内では2028年を目途に義務的なGX-ETSへの移行が議論されており、EUA価格は日本の炭素価格の「参照水準」として政策立案の基準になっている。
リスクシナリオ
シナリオ1(下振れ)は、欧州委員会がETS改革で大量の追加無償割当を決定する展開だ。
産業界への圧力から大幅な無償割当増加が決まれば、市場の需要が減少し、EUAが60ユーロ台まで調整する可能性がある。
シナリオ2(想定内)は、無償割当75%維持・MSR(市場安定化リザーブ)の微調整という「現状維持プラスアルファ」の結論だ。
EUAは70〜80ユーロのレンジを維持し、CBAM証書コストも同水準で継続する。
シナリオ3(上振れ)は、中東情勢の悪化による欧州天然ガス急騰だ。
LNG逼迫でガス火力の稼働が増加し、EUAの需要が高まって80〜90ユーロ台への再上昇が起きる可能性がある。
業界別の対応指針
調達担当者
EUへの輸出品にCBAMが課される企業の調達担当者は、製造工程での炭素排出量(直接排出Scope1)の計量・記録体制を今すぐ整備する必要がある。
CBAM証書の購入コストは2027年2月から実際に発生し、「2026年分の排出量×CBAM証書単価」という計算式で確定する。
2026年の証書単価(Q1:75.36ユーロ/tCO₂)をベースに、年間の予想排出量と対EU輸出量を掛け合わせたCBAM負担の試算を今月中に完成させることが急務だ。
経営者
CBAM対象品目(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素)をEUに輸出している、またはEU向けサプライヤーとなっている日本企業の経営者にとって、脱炭素投資は「コストダウン」ではなく「輸出資格の維持」という性格を帯びはじめている。
電炉転換・再エネ電力の調達・CCS(炭素回収・貯留)投資の検討を、CBAM証書コストとの損益比較で判断するという新しい投資計算フレームワークを中期経営計画に組み込むタイミングだ。
日本国内のGX-ETSの義務化が2028年以降に実現した場合、EUA価格が日本の炭素価格設定の参照水準となる可能性が高く、欧州の価格動向のモニタリングを経営会議の定例議題に加えることを推奨する。
投資家
EUA価格が70〜80ユーロで安定している局面は、欧州の炭素コストが「管理可能な範囲」にある状態として市場が解釈しており、欧州の産業株・電力株の底固めに寄与している。
日本株では、電炉への転換(JFE・日本製鉄)や低炭素製造プロセスへの投資(旭化成・住友化学等)を進める企業が、CBAMという「新たな市場参入障壁」で競合他社との差別化を図れる立場になりうる。
国内GX-ETSの義務化観測が高まれば、再エネ発電・省エネ設備・CCS技術保有企業への需要が高まるカタリストとして機能する。
よくある質問
Q1: 今週、EUAはなぜ74〜76ユーロ台で安定しているのですか?
5月11日に欧州委員会が発表した「産業界への無償割当75%維持案」が、企業の炭素コスト急増懸念を緩和したためだ。
エネルギー価格との連動感も薄れており、7月のETS全体見直しに向けた政策的な安定期として機能している。
Q2: CBAMとは何ですか? なぜ日本企業に関係するのですか?
CBAM(炭素国境調整措置)は、EU域外から欧州に輸入される製品に対して、EU-ETS価格に連動した炭素コストを課す制度だ。
鉄鋼・アルミ・セメント等のEU向け輸出品を持つ日本企業は、製造時のCO₂排出量に応じたCBAM証書を購入する義務が生じており、2026年分については2027年2月から実際の支払いが始まる。
Q3: CBAM証書のコストはいくらですか?
2026年第1四半期のCBAM公式証書価格は75.36ユーロ/トンCO₂(4月7日公表)だ。
例えば鉄鋼1トンの製造に2トンのCO₂が排出される場合、その製品をEUに輸出する際の理論的CBAM負担は約150ユーロ/トンとなる。
排出係数の低い電炉鋼ほど負担が少なく、排出係数の高い高炉鋼ほど負担が大きい構造だ。
Q4: EUAと日本の脱炭素政策はどう関係しますか?
日本のGX-ETS(GXリーグの排出量取引)は現在、自主参加ベースだが、2028年以降の義務化が議論されている。
その際の炭素価格水準の参照として、EUA価格(現在74〜76ユーロ)が「日本版炭素価格の天井・目標水準」として政策立案の文脈で引用されている。
Q5: ETS2(建物・輸送セクター)はいつ始まりますか?
ETS2は2027年から開始予定で、道路輸送・建物暖房・中小製造業が対象となる。
初期価格は45ユーロ/トンCO₂e程度と想定されており、低所得世帯の負担緩和のために870億ユーロ規模のソーシャルクライメートファンドが2026〜2032年に設置される。
日本企業への直接的な影響は限定的だが、欧州の物流・輸送コスト上昇を通じて間接的な波及が生じる。
編集部解説:日本への波及
EU排出権(EUA)は本レポートが扱う10素材の中で、唯一「価格が下がることが必ずしも日本企業にとって良いことではない」素材だ。
EUA価格の上昇は欧州の製造コストを押し上げて日本製品との競争条件を改善する一方、CBAMを通じた日本の輸出コスト増という相反する力学が同時に働くという独自の構造を持っている。
日本の主要業界への影響
鉄鋼業界が最も直接的な影響を受ける。
日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所はEU向けに自動車用高張力鋼板・特殊鋼等を輸出しており、CBAM証書コストが2027年2月から実際の支払いとして確定する。
CBAMは2026年1月から本格実施段階に入り、EUの認可CBAM申告者が輸入品の炭素排出量に応じて証書を購入する義務が生じている。
日本製鉄の高炉プロセスの炭素排出係数は電炉より高く、GX転換(高炉→電炉)を進めるほどCBAMコストが減少する構造は、高炉転換の経営判断を後押しする追加のインセンティブとなっている。
JFEスチールと日本製鉄がそれぞれ政府のGX補助事業(高炉→電炉転換)に申請したことは、電力コスト削減・CO₂削減・CBAMコスト低減という三点セットの効果を狙ったものと解釈できる。
アルミ分野では、UACJや神戸製鋼所のアルミ事業部門がEU向け自動車用アルミ板のCBAM対応データ整備を進めている。
現状のEUA74〜76ユーロという価格水準では、2026年のCBAM証書コストは製品トン当たり10〜150ユーロのレンジとなる(製品種・排出係数による)。
住友化学・三井化学等の化学メーカーも、将来のCBAM対象拡大(有機化学品・プラスチック製品への展開)に備えたスコープ1・2排出量の測定・報告体制の整備を急いでいる。
商社マン視点の先読みポイント
丸紅の電力・エネルギー部門の視点でEUAを見ると、最大のビジネスチャンスは「日本版炭素市場の設計支援」と「CBAM対応の伴走ビジネス」だ。
欧州でETSが機能している約20年間の経験を持つ欧州パートナーとの協業で、日本企業のCBAM対応支援(炭素排出量計測・報告・削減策立案)は新たなコンサルティング・ソリューションビジネスとして育てられる領域だ。
今、丸紅の担当者として取るべき第1の行動は、EU向け輸出を持つ日本の主要製造業(鉄鋼・アルミ・化学)の「CBAM負担試算サービス」の提供だ。
製造工程の炭素排出量データを収集・整理し、EUA価格と連動したCBAM証書コストを予測するダッシュボードを顧客に提供することで、調達情報とCBAMコンサルティングを組み合わせた付加価値サービスが実現できる。
第2の行動は、欧州の排出枠(EUA)とボランタリー・カーボン・クレジット(VCC)のトレーディングを活用した顧客向けヘッジソリューションの提供だ。
CBAM証書コストが確定前の段階で、EUA先物を活用した価格固定(フォワード・コントラクト)を顧客に提案することで、炭素コストの変動リスクをヘッジできる。
第3は、再生可能エネルギー電力(PPA)と低炭素素材(グリーンスチール・グリーンアルミ)の調達支援だ。
EU向け輸出品の炭素排出係数を下げることがCBAMコストの直接削減につながるため、丸紅の電力事業部門と素材トレーディング部門の連携によるワンストップ提案が競争優位となる。
「今、商社マンならどう動くか」を一言で言えば、「CBAMという『新しい関税』を最初に正確に理解し、顧客企業の負担試算を今月中に完成させて提案に持ち込む者が、次の10年の炭素市場ビジネスの先頭に立てる局面」だ。
まとめ
EUA74〜76ユーロという「政策的安定」の水準は、欧州委員会の無償割当75%維持案と10加盟国の政治的圧力によって維持されている。
エネルギー価格との連動が薄れ、ETSが独立した政策市場として成熟しつつある状況は、中長期的な炭素価格の予見可能性を高める方向だ。
「CBAM本格発動元年」として2026年は日本企業の欧州輸出競争力を左右する炭素コストが数字として具体化した年だ。
2026年第1四半期の公式証書価格75.36ユーロ/トンCO₂は、日本の輸出製造業が今後毎年向き合う「見えない関税」の実額だ。
電炉転換を進める企業とそうでない企業の間で、EU輸出コストの差が今後数年でじわりと広がる構造が始まっている。
日本のGX-ETSの義務化議論は今後加速する見通しで、EUA価格は「日本版炭素価格の参照水準」として政策立案の基準になっていく。
本シリーズ全10素材の中で、EUAだけが「価格そのもの」よりも「政策の方向性」を読むことが最大の実務的課題である素材であり、欧州の政治プロセスを週次でフォローし続けることが調達・経営の両面で不可欠だ。
出典
- IndexBox「EU Carbon Market Update: May 2026 Prices, Policy Revisions, and New Coalition」
- CBAM Guide「Live EU ETS Price – Q1 2026 CBAM Certificate Price €75.36/tCO₂」
- Fastmarkets「ETS prices defy rise in gas prices as Middle East conflict continues(2026/3/12)」
- TechAroha「EU Carbon Price Drop: Why EUA Hit an 11-Month Low(2026/3/20)」
- TradingEconomics「EU Carbon Prices Rise to 7-Week High(2026/4/1)」
- 経済産業省「CBAMの論点と対応状況(2025年5月)」
- 欧州委員会「EU ETSについて」


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